挿絵画家の署名図典
by bookcoverman


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岡村夫二

おかむら・ふじ
明治37年埼玉県生れ
藤島武二に師事、川端画学校に学ぶ。児童書の装幀や挿絵、文芸書の装幀などを数多くてがけた。新潮社嘱託。

◯『国民の歴史』昭和23年5月号、実業之日本社、表紙
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◯『文学生活』3次2号 昭和31年9月1日 表紙
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◯『文芸』昭和25年12月号、河出書房、カット

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◯『青銅』8号 昭和29年56月25日、青銅文学会、扉
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by bookcoverman | 2009-02-23 17:43 | あいうえお

高岡徳太郎

たかおか・とくたろう
1902
1991

高岡徳太郎は一九〇二年堺市生まれ。十三歳で松原三五郎の天彩学舎に学び、上京して本郷洋画研究所に入り岡田三郎助に師事。一九二三年高島屋宣伝部に入社。一九二四年に大阪に帰り信濃橋洋画研究所に入所、小出楢重らに学ぶ。二科に出品し二科賞。一九三四〜五年に渡仏。三六年に二科会員。一九五四年ノバ・マネキンを設立。二科を離れて五五年に鈴木信太郎らと一陽会を創立した。一九九一年歿。先日話題にした高島屋包装紙のバラを描いたのが高岡である。

装幀を手がけた書物としては、獅子文六『達磨町七番地』(白水社、一九三七年)、同『胡椒息子』(新潮社、一九四三年)、『獅子文六全集』(朝日新聞社、一九六九年)、武田麟太郎『大凶の籤』(改造社、一九三九年)、『鈴木花蓑句集』(笛発行所、一九四七年)、『世界童話集』(家の光協会、一九四八年)など。

◯石川達三『女系家族』(新潮社、一九四〇年)より 函 表紙 扉サイン

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◯獅子文六『達磨町七番地』(白水社、一九三七年)より

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by bookcoverman | 2009-02-22 13:20 | たちつてと

谷川晃一

たにかわ・こういち
1938年東京

独学で絵画を始め、1963年、読売アンデパンダン展に出品。1970年より美術批評活動を開始。著作も多数。2000年、「ウラパンオコサ」で日本絵本賞受賞。

◯別冊新評 深沢七郎の世界、新評社、昭和49、挿絵

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by bookcoverman | 2009-02-21 17:42 | たちつてと

長谷川潾二郎

はせがわ・りんじろう
1904年1月7日
1988年1月28日
画家。父・清(後に淑夫に改名)、母・ユキの次男として函館に生まれる。兄に作家の海太郎(牧逸馬、林不忘、谷譲二)、次弟にロシア文学者で詩人の濬、末弟に作家の四郎がいる。地味井平造の筆名で自身も探偵小説を著した。

◯下村湖人『次郎物語第二部』(小山書店、一九四七年)表紙
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◯下村湖人『次郎物語第二部』(小山書店、一九四八年)表紙
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by bookcoverman | 2009-02-21 17:37 | はひふへほ

横堀角次郎

よこぼり・かくじろう
1897群馬県
1978

岸田劉生らと共に草土社創立同人、三岸好太郎らと麗人社を結成。春陽会会員。

◯『日本小説』1947年8月号 井伏鱒二「手紙のこと」挿絵

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by bookcoverman | 2009-02-09 22:28 | やゆよわ

野口弥太郎

のぐち・やたろう
1899年(明治32年)10月1日東京・本郷
1976年3月23

1920年関西学院中学部を卒業、東京美術学校を受験するが失敗。画家を志す。1922年第9回二科展で「女」が初入選。1926年「1930年協会」が結成され会員となる。1929年より4年間の滞欧。1933年独立美術協会に所属。1960年再度渡欧。

◯『日本小説』1947年8月号 室生犀星「怒歯」挿絵

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by bookcoverman | 2009-02-09 22:20 | なにぬねの

高野三三男

こうの・みさお
1900年3月30日東京府東京市深川区(現・江東区)
1979年8月15日

東京高等商船学校(現・東京海洋大学)中退、1921年本郷洋画研究所入所、岡田三郎助に師事。1922年に東京美術学校(現・東京藝術大学)洋画科入学。1924年同級生の岡田謙三や高崎剛、後に妻となる岡上りうらと共に渡仏する。サロン・デ・ザンデパンダン、サロン・ドートンヌ、サロン・デ・ナショナルなどに出品。1940年藤田嗣治とともに帰国。一水会会員。文展、日展審査員を歴任。1979年肺血腫のため品川の病院にて没。

◯『日本小説』1947年8月号 坂口安吾「不連続殺人事件」挿絵

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by bookcoverman | 2009-02-09 21:59 | かきくけこ

木村荘八

きむら・しょうはち
1893〜1958

◯おはん 宇野千代 中央公論社 昭和32 装幀・挿絵

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by bookcoverman | 2009-02-02 17:52 | かきくけこ

青柳喜兵衛

あおやぎ・きへい
1904筑前博多川端町
1938年8月28日

福岡市立商業学校を経て早稲田大学商科入学。川端画学校に学ぶ。1924年に
「解衣社」を起す。1928年春、福岡洋画会に入る。1931年、槐樹社展無監査に推薦。1933年10月詩誌「とらんしつと」同人。川端生樹の筆名にて詩を発表。1934年6月詩誌「九州藝術」同人、旺玄社同人。1936年8月、原田種夫と玩具誌「べにうし」。1937年「すらんみる版画」を起し玩具画頒布を始む。同年11月、病床に就く。 

◯河童昇天 火野葦平 改造社 昭和15 挿絵

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by bookcoverman | 2009-02-01 20:50 | あいうえお